ブラック企業は大変だと言って自分を慰めるのが楽しいのか

今日も、東洋経済ONLINEの記事を読んで、働き方について考えています。

日本は、ブラック企業と呼ばれたりする働き方が身近になっていて、
誰しも長時間労働や割に合わない収入にさらされやすくなっているのではないか。

みたいな考え方をしてしまって、それを裏付ける記事を読みたい、
そうすることで自分を正当化したくなっているような今週でした。

そんな考え方に嵌ってしまっている今週の僕かもしれません。
だから、以下のような記事を読んで、自分も周りもかわいそうだ、とか思いたかったのかも。

(参考記事)
「ブラック企業」がここまで蔓延する根本原因
(東洋経済ONLINEのページに別タブでジャンプします)

以上の記事は色々勉強になります。日本ではタブー視されていた「階層」に目を向けることで開けることがあるのではないかとか。「普通の人たち」が保護されていることをいいことに、正社員となるからにはプライベートを犠牲にする風潮になったり、自己責任を問う風潮になったり。エリートや経営者が、「普通の人たち」の能力を理解できず多くを求めている可能性だったり、考えさせられます。

しかし、こういう記事を読んで、自分を慰めるようなことばかりしていて、よくなるのか。何年もこうしたことを積み重ねていけば、知識も豊富になり、今後の対策も上手に立てられるかもしれないけど・・・もしかしたら、チャンスから目をそらす習慣にもつながるような気がして、ちょっと「どうかな?」という感想を持った今夜でした。

とっとと「普通の人」ではなくなるように、せっせと努力したらいいのかもしれない。そのためには、忙しく勉強することが大事かもしれない。そういうときに、自分を慰める記事を読んでいたら、やみくもに努力する自分に水をさすことになるんじゃないかな、なんて思うわけです。

今このブログを書きながら、「たくましい普通の人」になっていくのか、「特定の分野で強い人」になっていくのか、揺れています。「たくましい普通の人」になろうかな、と最近は思ったんですが、それだと、日々のできごとをどんどん楽しめるようにはなると思うけど、実際の状況はあまり変わらないのかもしれないです。
例えば、貯金する余裕がほとんどないとして、それを楽しめるたくましさだけがどんどん育つ。5年後に、「今年も貯金できる額はこれだけだが、毎年この額を継続することができて、ものすごい達成感だ」とか、言えるようになっているかもしれない。状況はあまり変わっていないけど、心がすごく充実するようになる。それはそれで、失敗せずに生き続けることができれば、かなりの成功であるようにも思える。

一方で、一般論とか日々のニュースとか無視して特定のことを勉強してみると、「普通の人」には戻れないかもしれないけど、それこそ「特定の分野で強い人」にはなれて、もしかしたら、貯金する余裕というのが出てくるかもしれない。リスクが伴うもので、もしかしたら「普通の人」未満の生活水準になるかもしれない。だから、ちょっとそういう方面を目指すだけでもギャンブル性がある。だからこそ多くの人は考えないようにしていると思う。すると、「普通の人」を諦めてみた場合には、自ずとブルーオーシャンにも少し近づく。

興味があって「ブラック企業」的なトピックを読んでみたわけですが、読み始めてみると急に白けたりしちゃって、「これ読んで自己満足することが続けたいこと?他にやりたいことあったんじゃないかな?」とか自問自答してしまう。そんな今日でした。

まさに自己満足な記事になりましたが、ブログ記事がいくらでもある時代だというのに、自己満足な記事をあまり見かけないですから、良いということにしたいと思います。無いものは作りたい、ということで、今日は貴重な記事を書いたということにして、勝手に達成感を味わいます(笑)